パンケーキの上をさらさら流れるメープルシロップは、かつては石のように固い砂糖でした。「インディアン・ハードシュガー」という呼び方からも分かるように、ヨーロッパ人がやって来る前からここに暮らす先住民は、砂糖カエデの樹液から、シロップではなく砂糖の固まりをつくっていました。彼らは石のナイフなどで幹に傷をつけ、そこに薄いヘラ状の板や、パイプのように空洞になっている骨などを差し込み、その下に白樺の樹皮でつくった容器を置きました。たまった樹液はくりぬいた丸太の中に注ぎ込み、今度は真っ赤に焼いた石を次々と放り込みます。何度何度も焼いた石を投げ入れ、気の遠くなるような長い時間をかけて樹液の水分を飛ばし、石のような砂糖の固まりをつくっていたのです。


こうして作られたインディアン・ハードシュガーは、先住民の社会では極めて貴重な甘さであり、栄養源でした。ほかの集落に忍び込んでこの砂糖を盗んだために、集落どうしの戦争に発展したこともあったといいます。ハードシュガーの原料となる甘い樹液の存在は、先住民からヨーロッパ人へと伝えられました。物々交換による毛皮交易などを通じ、当時、ヨーロッパ人と先住民の間にはある程度、友好な関係が存在したようです。そうしてヨーロッパ人も先住民と同じように砂糖の固まりをつくり始めます。先住民と違い、白樺の樹皮の容器ではなく木の桶を使い、大きな木の樽に樹液を集め、馬や牛にひかせた橇(そり)で運びました。熱した石で水分を飛ばすのではなく、頑丈で大きな鉄の鍋に樹液を移し、薪の炎で樹液を煮詰めました。
ただし、こうしたつくり方の違いはあったものの、極寒の地にあってハードシュガーが貴重な甘さであり、栄養源である点はヨーロッパ人も先住民と変わりがなかったようです。彼らは、煮詰めた樹液を固まり切らないうちに木の型枠に入れて固め、聖書や動物など、さまざまな形の砂糖に仕立て上げました。ヨーロッパ人は貴重な砂糖の固まりを贈り物としたのです。では、ハードシュガーがさらさらと流れるメープルシロップに変わったのはいつだったのでしょうか。きっかけは、ブリキなどの保存容器の登場でした。今、カエデの瓶や缶で売られているメープルシロップ。こうした容器があるからこそ、われわれはパンケーキにさらさらとメープルシロップをかけることができるのです。
