「先住民としての生き方と切っても切れないのが、アートだ。土地や水路とのつながり、古代から語り伝えられてきた歴史、互いの関係に至るまでアートが染み込んでいる」
―ミケル・ダンゲリ博士、先住民出身のビジュアル&パフォーミング・アーティスト
「アートは人生、人生はアート」とよく言われます。その言葉が何よりも当てはまるのが、カナダ先住民のアート。形式と機能、実体と精神性、過去と現在を見事に融合しています。季節は秋。カナダを訪れたら、先住民のアートやアーティストの世界にどっぷりと浸かってみてはいかがでしょうか。はるかな歴史を背負い今を生きる:人は太古の時代から美と実用性を兼ね備えたものを作り出してきました。その痕跡は8万年〜1万2000年も前の氷河期にまで遡ることができます。先史時代の遺物は発見されていないものの、古代から今に伝わる絵画などは確かに存在します。オンタリオ州では、代赭石(深紅色の顔料として利用される石)を使って描かれた先史時代の岩石線画が見つかっていますが、これは5000年前のものと推定されています。ブリティッシュ・コロンビア(BC)州のフレイザー川河口近くでは、およそ4000年前のものと思われるヒトをかたどった小さな彫刻が発掘されています。ケベック州南西部のセントローレンス川では、BC5000〜3000年ごろの笑顔をモチーフにした彫刻が見つかりました。2500年前のトーテムポールも出土しています。
多種多様な文化、いくつもの伝統:有史以降の、いわば〝現代文明との遭遇〟を果たしたアートが次々に発見されています。この中には、ノバ・スコシア州を拠点とする先住民ミクマク族の工芸品もあります。カバの木の皮やカゴ細工にムース(ヘラジカ)の毛を使った刺繍を施したり、ヤマアラシの〝針〟を使ったクイルワーク(針細工)をあしらったりする工芸品が代表的です。亜北極圏のオンタリオ州やマニトバ州に暮らすオジブワ族は、幾何学模様や花柄のクイルワークやビーズ細工をあしらった衣装、樹皮、カゴ細工で知られます。両州で見られる岩石画の大半を手がけたのは、オジブワ族の医術を持つシャーマンたちでした。精霊との交流の内容を記録したもので、この風習は20世紀に入ってからもしばらく続きました。
亜北極圏に拠点を置くクリー族は、サスカチュワン州やアルバータ州の厳しい気候の中で、狩猟を生業とする遊牧民として暮らし、身の回りの物は常に身につけて運んでいました。このため、特に彩色や刺繍のあるコート、モカシン(柔らかい革靴)、手袋などの衣類は、個性あるアート表現の〝キャンバス〟になっていました。ディネ族も、カリブーやムースの毛皮に、ヤマアラシの針やムースの毛の刺繍、ビーズ、既製品の糸を飾り付けるなど、個人の道具や服装の装飾に力を入れていました。1600年代後期にオンタリオ州からケベック州へと移住したヒューロン族は、毛皮や編み物の肩かけポーチやバッグなどを作っては販売していました。織物やビーズ飾りをあしらったショルダーバッグの原型と言えます。サスカチュワン州、マニトバ州、アルバータ州に加え、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州の一部の草原に暮らすブラッド族、ブラックフット族、アシニボイン族のアートには、東部の亜北極圏や西部の五大湖周辺の先住民との共通点が見られます。これは、西部開拓、毛皮取引、ヨーロッパ人の定住の増加を受け、東部の文化がプレーリー地域の文化に影響をもたらしたことも一因です。建築様式で最も顕著なのが、大きなティピー。最大40頭のバッファローの毛皮を使用します。
重要ポイント:19世紀初頭、先住民の子供たちを対象とする政府直営の寄宿学校の導入など、伝統的な先住民文化を段階的に廃止しようとする動きがあり、先住民アートの伝統が危機に瀕することになりました。ところが、第2次大戦中に先住民アートが復興します。これが先住民と社会全体にとって大きな転機となりました。多様な見方がなければ、美術館などの文化拠点は、入植者の視点という一方的な歴史観を固定化することになりかねません。先住民アートの再興は、異文化の学習、理解、尊重を促進し、既知の出来事でも別の視点から捉え直すことで、先住民との和解を促進する重要な一歩となります。先住民出身のビジュアル&パフォーミング・アーティストで、カナダ北西部沿岸の先住民芸術史の博士号を持ち、教授・キュレーターとしても活躍するミケル・ダンゲリは次のように説明します。「芸術とは、人々の間で、あるいは国や文化の中で『あえて言葉にしなくても済んでいたことを表現』できる手段。それだけに、和解というプロセスで重要な役割を担います」。
先住民アーティストとその作品に光を:先住民アートに関心のある方は、カナダのアートに多大な貢献をした先住民アーティストにぜひとも注目したいものです。ビル・リード(1920年1月〜1998年3月):ハイダ族出身のアーティスト。ハイダ族文化を前面に押し出した活動で世界的に尊敬と高い評価を集めています。著名作品には、UBC人類学博物館に展示されている重量4トンの『The Raven and the First Men』や、バンクーバー水族館(BC州バンクーバー)にある『The Chief of the Undersea World』というシャチのブロンズ像があります。また、同じくバンクーバーのビル・リード・ギャラリー・オブ・ノースウエスト・コースト・アートでも作品を見ることができます。ノーバル・モリソー(1931年3月〜2007年12月):アニシナアベ族出身のアーティスト。カナダの現代先住民アートのさきがけとして広く知られています。1970年代初期に7人の先住民アーティストが集まって法人団体「The Professional National Indian Artists Inc」を結成したことから、カナダの画家集団「グループ・オブ・セブン」になぞらえて、「インディアン・グループ・オブ・セブン」(グループ・オブ・セブンの先住民版)の1人に数えられます。モリソーは、伝統的な物語をベースにした作品や聖霊をテーマにした作品、政治的メッセージを反映した作品で知られます。
現在、ロイヤル・オンタリオ博物館(オンタリオ州トロント)、カナダ国立美術館(オンタリオ州オタワ)、アート・ウィンザー・エセックス(旧称Art Gallery of Windsor、オンタリオ州ウィンザー)など、さまざまな施設に作品が展示されています。クリスティ・ベルコート(1966年9月〜):メイティ(先住民とヨーロッパからの移民の間に生まれた人々の子孫)のアーティスト。彼女が手がけるアクリル画は、オートクチュールファッションでお馴染みのブランド、ヴァレンティノが注目したことで知られます。また、作品が『カナディアン・ジオグラフィック』誌の表紙を飾ったこともあります。
購入の際は真正品の確認が大切:先住民が手がける彫刻や宝飾品、版画、衣類は、個性的なおみやげやプレゼントにも最適です。注意:先住民のデザインやシンボルは、先住民族間ですべて異なります。さらに、作品購入の際は、その作品が真正品であり、アーティストに公平な報酬が支払われているることを確認してください。その方法はいくつかあります。第1に、アート作品は、美術館・博物館やギャラリーから、またはアーティスト本人から直接購入することです。店頭で作品に一目惚れした場合、アーティスト名と先住民族名を記したラベルを確認しましょう。また、販売店スタッフにもアーティスト情報を確認します。インターネット上では、その地域のアーティストに関する情報が豊富に見つかります。またオンラインで作品を購入することもできます。さらに、デスティネーション・インディジェナス(Destination Indigenous)では、先住民のアート、工芸品、ギフトの案内業務のほか、歌・物語・彫刻の販売・展示を手がけるショップやギャラリー、ブランドに関するブログ投稿をおこなっています。